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海外で実感する日本への愛国心

海外で実感する日本への愛国心

 

日本人は自国への愛国心が薄いとはよく聞く話。

自分自身に問答しても「愛国心なんてないなぁ」としみじみ
感じてしまうことも多くありました。

しかしやはり海外に行くと
思わぬ愛国心に気づいてしまったりするものです。

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朝、いつのもように中華系おじさまのたまり場に出かけました。

マレーシア人の性格・中華系リタイア組おじさま編


この日、おじさま達が盛り上がっていたのは
第二次世界大戦の話題。

「こんな話題わからないだろうー」とからかわれましたが、
実は私は第二次世界大戦関連の本やドキュメンタリーを
見漁っていた時期があり、話の内容自体はわかっていました。

しかし例によって英語で議論に参戦する語彙がないので
質問を振られたら答える程度のもの。

日本人の私に絡めるうちに、話題はマレーシア占領時の
日本軍へと移っていきました。

 

 

 

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戦争当時の1940年台前半に、彼らはギリギリ
誕生していましたが、自我も怪しい幼児だったので
話は全て親世代からの又聞きのようでした。


日本軍に出会ったらお辞儀をしないと大変な目にあった。
なので日本軍を見ると皆慌ててお辞儀をする習慣がついた。

程度の物から話はエスカレートし、

日本軍は中国系が嫌いだったので、多くの中国人が殺された。

イポーのリトルインディアの噴水のそばで多くの中国人の
生首が晒された。

などなどえぐいものまで。

 

不思議なのは、彼らはただゴシップ的な会話をしているだけなのに
どうも私自身がじわじわと責められているような気になり、
居たたまれなくなってくるのです。

親日のマレーシア人はいつも日本を褒めることしかしないので
ギャップについていけなかったのか、私にもよくわかりませんが、
話が南京大虐殺に及んだときは
 

「それは中国側の○○だ!」
 

などという右翼的思考が瞬時に浮いてしまい
自分でもギョッとしたほどです。


こうして考えると、私は過去の日本の行動、
歴史を自分の一部であるかのように捉えており、
自分は確かに日本という一括りの中に
存在しているのだと実感します。

これを愛国心と呼ぶのかはわかりませんが、
自分以外の何かが責められて気まずさ感じたり、かばったり、
褒められてつい誇らしくなる感情は
確かに「愛」「情」と言えるのかもしれません。

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